上町台地コース

四天王寺をスタート地点として、上町台地を北へむかいます。

上町地図

『天王寺詣り』

自身の不注意から愛犬を死なせてしまった喜六、知り合いの甚兵衛に「今日は彼岸やさかいに」と言われ、 無下性(ムゲッショウ=乱暴)にどつかれて死んだ 犬の供養のため二人で四天王寺に行く。境内は露店が店を並べ賑わっている。境内のあちこちを見学し、 引導鐘(インドガネ=境内にある鐘で、気持ちをこめてつくと死者が成仏するという)をついてもらうと、 何と犬の唸り声が聞こえてきた。喜六は「坊さん! 引導鐘三遍までと聞いてんねん。 三遍目、わたいに突かせておくんはなれ!」と頼み、心をこめてつくと「クワーン!」と犬の鳴き声。 「ああ。無下性にはどつけんもんや。」

日本仏法最初の官寺、四天王寺からスタート

四天王寺 今でもお彼岸の四天王寺さんの賑わいは関西一だそうです。(通常2日のフリーマーケットも1週間開催されるようで) 伽藍は1963年の再建でコンクリート製ですが、飛鳥時代の様式を再現しています。五重の塔も階段で登れます。 この落語、石の鳥居や亀井水を案内する「四天王寺名所」という噺に「犬の引導鐘」 という噺をつけて今のような形の愛犬物語になったようです。

はじめに聞いたときは「サゲがよくわかりません」でした。無下性(ムゲッショウ=乱暴)なんて言葉 知りませんでしたから、「人の好意を無下にする」と同じ様な感じでしょうか、いまでもお彼岸には 鐘の音が絶えないようです。鐘は天井裏にあるため、紐を引っ張るだけで鐘の姿は見えないようです。お寺では人手不足のため 自動撞木を導入する寺が増えているようです。すごい技術ですが、自動化はどうなんでしょう。


『天神山』

春のある日、変ちきの源助が花見ならぬ墓見に行くという。一心寺で見つけたしゃれこうべを持ち帰ったところ、 それは小糸という美女のもので、源助はその幽霊に感謝され夫婦になった。 隣に住む安兵衛は、源助をまねて一心寺に行くも収穫なし。うろついたあげく、天神山にやってきた。 捕らえられた女狐をたすけてやり、その狐が押しかけ女房に、子供もできるが正体がばれてしまい... 「恋しくば たずね来てみよ 南なる 天神山の 森の奥まで」と障子に書き残し去ってゆく。

一心寺、向かいの安居神社へ

安居神社 変ちきの源助が花見ならぬ墓見に行った「一心寺」のお墓は(写真右下)今も健在です。 小さく「通天閣」も写っていますね。このお寺「斬新な山門」や「お骨佛」等でよく知られた お寺です。その向かいにあるのが「安居神社」で、落語よりも「真田幸村終焉の地」としての 方が有名なようです。宅地化が進んでいますが、神社の中は天神山の森を少し感じられます。

次の目的地「生國魂神社」へは大通りを(谷町筋や松屋町筋)まっすぐ進めば簡単ですが、「安居神社」がある 天神坂の北側、清水坂の「大阪の清水寺、玉出の滝」やさらに北側の愛染坂、重文の多宝塔がある「愛染堂」などを散策 しながら歩くのをお勧めしておきます。「天王寺七坂めぐり」コースとして人気なようです。ただ夏でも閉門が午後4時の ところもあるのでお気をつけください。


『蛸坊主』

蓮池の茶屋で4人の坊主が「精進料理を」と亭主に頼みました。食べ終わると坊主た ちは「実に旨かったが出汁は何だ?」と亭主に訊ねます。亭主は正直に「鰹です」と答 えると、坊主たちは「我々は修行中であるのに鰹を食べさせるとは何事だ!」と騒ぎた て、イチャモンをつける。その様子をみていた一人の僧侶が「鰹節とめくじらたてるとは、 お前たちが鰹節の味を知っていたからであろう」 「ニセモノ坊主、タコ坊主め」と一括。 4人は「タコ坊主だと!?」と怒って一斉に跳びかかります。ところ が僧侶は次々に4人を蓮池に投げ込みました。蓮池に逆さまに突き刺さって8本の 足だけが水面から出ている様子を見て、「これぞまさしくタコ坊主」

彦八(落語)まつりの生國魂神社へ

生國魂神社 ここ生國魂(いくたま)神社は上方落語の祖・米沢彦八が 「当世仕方物真似」の興行を催した地です。彦八の様子を描いた挿絵によると、 立烏帽子、大黒頭巾、編み笠、湯呑茶碗などが描かれており、それらを駆使して公家や大名の 立ち振る舞いをおもしろおかしく演じました。江戸や京都ではできない、町人のまち・大坂らしい反権力の笑いであったようです。 毎年九月に上方落語協会主催の「彦八まつり」が開催されます。

落語に登場する蓮池は埋め立てられ今は公園となっています。昔は池のほとりに小料理屋が建ち、 かなり景観がよい場所であったようです。今はビルだらけになってしまいましたが、神社の中はひっそりとしていて摂末社をめぐれるように 道も整備され散策には最適です。彦八の碑以外にも、神社ゆかりの井原西鶴、織田作之助像も境内に立てられています。


『高津の富』

とあるはやらない宿屋にやってきた男。入ってくるなり「千両箱の使い道に困って漬物石に使っている」などと吹きまくる。 (実は全財産がたった一分) ここの主人も人のいいもので、男の話をすっかり信用して高津神社の富くじを買ってくれるよう頼み込んだ。 値は一枚一分で、二番富でも五百両。一番富なら何と千両。旦那が「金はいらない」と言うのを無理に拝み倒し、何とか札を買ってもらう。 その上、『当たったら半分もらう』という約束まで取り付けてしまった。富くじの当日、当たりを確認して主人があわてて宿へ帰り、下駄も脱がずに 旦那のもとへ、「祝い酒を!」と寝ている旦那の布団を上げると、旦那も雪駄をはいたまま。

色々な落語に登場する高津神社へ

高津神社 富くじの値段が一分、今のお金で二万円ぐらいだそうですからけっこう高いですね。ただ一等の千両は一億円ぐらいの ようです。この主人公の男、一分のお金は持っていたので嘘がばれても宿賃ぐらいの支払いはできたわけです。それが嘘をついた ばかりに一分がなくなったけど、くじが当たり、最後はハッピーエンドですね。その後の二人はどうなったんでしょうね。

写真右に赤い鳥居が見えますが高津神社内、高倉稲荷です。ここも落語「高倉狐」の舞台です。他にも「崇徳院」「いもりの黒焼き」などの 舞台もここ高津神社なのです。また、境内には『高津の富』を得意演目とした五代目桂文枝の碑も残されていたり、 落語会が開催される「高津の宮亭」も境内にあり、上方落語にはたいへん縁深い場所だといえます。