平安時代には仏像が作られるようになり、埼玉
では地蔵院阿弥陀如来像や西光院阿弥陀
三尊像などが作られました。後期には政府の
力が弱まったことで治安が悪化し、武士団が
できました。その中でも武蔵七党と呼ばれる横
山党、猪俣党、野与党、村山党、児玉党、丹
党、西党の7つの武士団や、八平氏が率いる
武士団が勢力を強めました。
この時代は幕府とのつながりが強く、特に有力
御家人であった比企氏はこの時鎌倉殿と呼ば
れていた源頼朝を支えました。さらに頼朝の死
後の源家は独裁的な政治を行ったため、それ
を抑えるために北条氏を中心として作られた1
3人による会議にも比企氏は選ばれました。武
士が鎌倉に向かうための道である鎌倉街道も
通っていました。
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