古墳

たまお
お散歩の出発地点は大宮西校前バス停から!
このバス停にはJR大宮駅西口からバスに乗ってください。
新幹線のホームを背にしてバスが出発。
だいたい10分くらいで到着します。
バス停を降りるとコンビニエンスストアがあります。
ここで飲み物を買ったり、トイレを借りたりして古墳巡りのお散歩が始まります。

稲荷塚古墳
最初の目的地はバス停の名前にもなっている、さいたま市立大宮西高校!
出発地点のコンビニエンスストから、少し大宮バイパス方面に戻って、道を右折。
住宅街をまっすぐ歩くと、さいたま市立大宮西高等学校があります。
古墳は、なんとこの高校の敷地内にあります。
学校内なので近くに寄ってみるのは難しいのですが、学校の正門の左側に小高い塚があり、こんもりと木が茂っています。
これが「稲荷塚古墳」です。
稲荷塚古墳は市内に残る古墳の中で、直径35メートル、高さ5.9メートルと最も大きな円墳です。過去の調査で、古墳の周りを廻る馬蹄形の溝から勾玉や大量の円筒埴輪、また校庭から円筒埴輪や人物埴輪、刀などが出土しています。6世紀中頃の築造と考えられています。
マップ

ちょっと寄り道 彩の国 音かおりの里公園
大宮西高校の隣に緑豊かな彩の国音かおりの里公園があります。
水辺の環境を活かした公園です。音の出るオブジェ?や小魚の泳ぐ川などあり、近所の子供がザリガニ捕りをしているかもしれません。
公園の外になってしまいますが、近くを流れる鴨川沿いの道は整備されており、また野鳥の保護区域もあるなど自然豊かな場所です。
環境の良い公園ですが、古墳巡りのコースに入れたのは別の理由がありあます。
古墳は住宅街の中にあります。
ですので、ちょっと腰掛けて休もう、というところがありません。
そうした時に、この公園のベンチは貴重です。
もう一つ。住宅街ですから「トイレ」がありません。そうした意味でも、この公園は重要です。

茶臼塚古墳
稲荷塚古墳を見ながら大宮西高校のグラウンド回って鴨川方向に歩いていくと、視界が開け田園風景が現れます。
まるで童謡を歌いたくなる様な開放感です。
少し遠くに目をやると、幾つかお寺の本堂の屋根が見えるのですが、城郭かと見間違うほど立派に見えます。
桜の頃はさぞかし綺麗だと想像できます。
この風景を右手に見ながら鴨川沿いの道を南に歩いていくと、またまたこんもりとした樹木が密集している小高い塚があります。
これが茶臼塚古墳です。
古墳の脇にポンプ場の施設がありますから、これを目印にしても良いでしょう。
この茶臼塚古墳は、直径30メートル、高さ3.8メートルの円墳で、6世紀後半と見られる埴輪片が出土しています。
なお、この古墳の脇に近くの古墳や史跡などをまとめたイラストマップが整備されています。お散歩の参考にしてください。
マップ

上之稲荷古墳
散策していると住宅と住宅に間に忽然と赤い鳥居が現れます。
これが上之稲荷古墳です。
そっと、住宅の陰に隠れています。
上之稲荷古墳はかつては直径20メートル、高さ2メートルを測る円墳だったそうです。
採集された円筒埴輪の小破片から、6世紀後半の古墳と考えられています。
マップ

山王山古墳
住宅街の中に慈宝院というお寺があります。
このお寺の境内に山王山古墳があります。
円墳と考えられていますが、墳丘が削られており、石室が露出した状態となっているそうです。
昭和9年に調査が行われ、石室内から勾玉、ガラス玉などの副葬品が出土したといわれています。
ただし、この山王山古墳は見るのが難しいと思います。なんといってもお寺の敷地内です。
私有地の中にズズカズカ入っていて何処だ何処だと探し回ることはできません。
中には一般の方の墓所もあり信仰の対象として大切にしておられる方もたくさんいらっしゃいますから。
マップ

大耕地稲荷塚古墳(台耕地稲荷塚古墳)
鴨川沿いの道をずっと南に下って歩いても、なかなか向こう岸に渡る橋がありません。
そのまま歩いていくとやっと橋が見えてきます。
その橋で鴨川を渡らず(笑)、少し進んで左側、17号バイパス側に入っていくと、赤い鳥居のつらなる台耕地稲荷塚古墳を見つけることができます。
大耕地稲荷塚古墳または台耕地稲荷古墳です。
側ヶ谷戸古墳群の中で南方に位置します。
直径24メートル、高さ2メートルの円墳でほぼ原型に近いものと思われます。
昭和40年の発掘調査の際、石室からは副葬品として太刀や鉄鏃、水晶製の切子玉、ガラス製小玉等が発見されています。
石室の構造や出土品から、7世紀前半の築造と考えられています。
マップ

さらにお散歩を続けると・・・ 鴨川沿いの住宅地を歩いていくと、実はまだその先に幾つか古墳があります。
かね山古墳、権現塚古墳、白鍬塚古墳と地図に記されています。
実際に歩くと、住宅街の真ん中に古墳が現れたり、おそらく個人の住居内に社らしきものが見えたりします。
これだけたくさん古墳があるところから、この地域には、今では住宅や田畑の下に眠っている古墳があるのかもしれません。